指宿枕崎線沿線風景をまとめた記事を書きましたが、今回は肥薩線の隼人駅から吉松駅間について沿線風景をまとめたものです。

画像はインスタにもアップしております。

肥薩線の乗車記録もありましたので、参考にしてみてください。

肥薩線

肥薩線は1903年1月15日、国分(現在の隼人)〜横川(現在の大隅横川)間が官営の鹿児島線として開業しました。

1908年6月1日に八代〜人吉間の開通。(人吉本線)

1909年11月21日に人吉〜吉松間が開通することによって、全線開業しました。

全線開業により門司(現在の門司港)〜八代〜人吉〜吉松〜鹿児島を鹿児島本線と改称。

1927年10月17日、川内経由の川内本線が開通したことにより、川内本線が鹿児島本線と名乗る一方で、

八代〜人吉〜吉松〜隼人については「肥薩線」と改称されました。

歴史があるだけあって、駅舎のある駅が多くなっています。

駅舎の画像は後日あげていこうと思います。

現在の隼人駅は1901年6月10日、国分駅として開業しました。

1929年に西国分駅へと改称、翌年である1930年に現在使用されている隼人駅へ再改称されています。

隼人駅の1番乗り場から。
隼人駅の1番乗り場から。

吉松方面行きの列車が到着します。

隼人〜吉松間の運用が最も多いのですが、吉都線の都城まで走るものや早朝に日豊本線の南宮崎行きの列車もいます。

数年前までは指宿枕崎線の鹿児島中央〜慈眼寺を1往復した後、少し休憩して(別系統と言えば別系統なのですが同じ車両を使うので書きました)鹿児島中央発吉松経由都城行という長距離列車がいましたが、

2024年現在、隼人駅と吉松駅で系統分離しています。

逆向きの列車として、吉松発鹿児島中央行きというのもいましたが、こちらも2023年のダイヤ改正により隼人駅で系統分離されました。

肥薩線、吉松発鹿児島中央行き列車。(鹿児島中央〜鹿児島間にて撮影。)
吉松発鹿児島中央行き列車。(鹿児島中央〜鹿児島間にて撮影。)

1958年10月1日に開業した、肥薩線の中では最も新しい駅になります。

客車列車というより気動車が停められるよう、駅のホームの長さは3両までとなっているようです。

肥薩線、日当山駅のホームから。
日当山駅のホームから。

別名「ほたる駅」とも呼ばれています。

駅の近くには日当山温泉があります。

県内最古の温泉とされ、かの西郷隆盛も訪れていました。

日当山西郷どん湯。
日当山西郷どん湯。

1916年9月11日、信号場として新設。

4年後の1920年10月11日、表木山駅として開業しました。

肥薩線、表木山駅の駅舎。
表木山駅の駅舎。

2面2線の相対式ホームになります。

朝の肥薩線、表木山駅。列車が行き交う。
朝の表木山駅。列車が行き交う。

こう見えて、写真よりも実際の駅のホームは長いのです。

1958年2月1日に開業した肥薩線としては新しい駅になります。

日当山駅と同様、駅舎はなく待合所にベンチが備え付けられています。

肥薩線、中福良駅の待合所。
中福良駅の待合所。

写真奥の駅の看板に書かれている車両は、なんとなくですが昔広島で乗った瀬戸内色の103系に似ているような。

また、ホームの長さも3両までの列車が停められるようになっています。

なお、中福良駅は鹿児島空港から最も近い距離にあると言われています。

(空港から駅まで約4kmほど。坂があるので歩くにはしんどい)

当ブログでは最多登場の駅になります。

開業が1903年1月15日。

肥薩線が開業した時からある駅で、駅舎も開業当時のものを使用しています。

肥薩線、嘉例川駅の駅舎。
嘉例川駅の駅舎。
肥薩線、嘉例川駅のホームと特急「はやとの風」。
嘉例川駅のホームと特急「はやとの風」。

肥薩線開業時からある木造駅舎の魅力はさすがで、今でも多くの観光客を見かけます。

初夏の嘉例川駅から。

夕方の駅です。

桜が満開になった頃の嘉例川駅です。

肥薩線の駅のホームは総じて長いのでホームについてもみていきました。

嘉例川駅についての記事は今後も出ると思います。

1908年11月1日、貨物駅の牧園駅として開業しました。

1909年7月11日、一般駅として開業。(この年の11月21日に鹿児島本線として改称されています)

1962年1月15日、霧島西口駅へ改称。

2003月3月15日、霧島温泉駅へと改称。

となり、2回駅名が変わりました。

肥薩線、霧島温泉駅の駅舎。
霧島温泉駅の駅舎。
霧島温泉駅を出発する列車。
霧島温泉駅を出発する列車。

長い駅のホーム横には、保線車両などが停められるよう側線があります。

貨物取扱の名残か、敷地は広いですね。

植村駅のwikipediaを見ると、当駅は請願駅であるようです

客車列車から気動車へ時代が変わるとともに無人駅を設置しやすくなったみたいです。

植村駅は1957年7月5日に開業しました。

肥薩線の駅としては比較的に新しい部類に入るので、駅のホームの長さは3両までです。

肥薩線、植村駅のホームから。
植村駅のホームから。
肥薩線、植村駅の待合所。
植村駅の待合所。

桜の季節となると、嘉例川駅や大隅横川駅と同様にいい写真が撮れます。

植村駅について書いた記事はこちらから。

今は知る人ぞ知る感じですが、今後は訪れる人増えるかもしれないですね。

1903年1月15日、横川駅として開業。

1920年9月1日、大隅横川(おおすみよこがわ)駅に改称。

嘉例川駅と同時、すなわち開業当時から存在する木造駅舎です。

なお、当駅は群馬県にある峠の釜飯で有名な横川駅(よこかわ)とは違い、川の字の読み方が濁ります。

広島県の山陽本線にも横川駅はあります。

記事は少ないのですが、画像や訪れた回数はそれなりにあるので今後は大隅横川駅について触れた記事も描いていこうと思います。

大隅横川駅は季節ごとに装飾が変わる(表現の仕方がアレなんですけど、見た目が変わるといったところでしょうか)ので、訪れる度にいろんな表情を見せてくれます。

夏の肥薩線、大隅横川駅。ホオズキが飾られています。
夏の大隅横川駅。ホオズキが飾られています。
ハロウィンの頃の大隅横川駅。
ハロウィンの頃の大隅横川駅。

真冬の画像はないのですが、正月飾りバージョンも駅舎もあると思います。

なお、当駅から西の方に進むと金山がありました。

霧島市とさつま町の境付近に山ヶ野金山がありました。

江戸時代から明治期にかけて栄えていました。

さらに、西へと進むと薩摩永野駅へつながることもできたでしょう。

実際は隣の栗野駅から山野線という形で線路が結ばれていましたが、別に大隅横川駅から分岐しても面白かったかもしれませんね。沿線に住居が少ないののが難点で貨物輸送メインとなっていたかもしれないです。)

1903年9月5日、横川駅から延伸する形で開業しました。

かつては栗野駅から水俣駅までを結ぶ山野線が繋がっており(1988年廃止)、

当駅で分岐していました。

栗野駅に到着する列車。
栗野駅に到着する列車。

現在は島式1面2線のホームですが、山野線があった頃はもう1本単式ホームがありました。

栗野駅の目の前は名水百選の一つである、丸池湧水があります。

湧水町の由来にもなっています。

丸池湧水。
丸池湧水。

水汲みばがあり、美味しい水をいただけます。

栗野駅と同日の1903年9月5日に開業しました。

肥薩線、吉松駅の駅舎。
吉松駅の駅舎。

肥薩線と吉都線の分岐駅になります。

かつては鹿児島本線と日豊本線に相当していました。

交通の要所で立派はコンクリート製の駅舎があるのですが、今は無人駅となっています。

今回のまとめはこのあたりで終わりますが、最後に吉都線の駅も少々出てくるものも紹介したいと思います。

吉都線

1912年10月1日、加久籐駅として開業。

駅舎は開業当時のものになるそうです。

1990年11月1日、えびの駅へと改称されました。

高原と書いて「たかはる」と読みます。

1913年5月11日開業しました。

場所、時間的に余裕があれば真幸駅や矢岳駅、大畑駅、他の吉都線の駅も訪れてみたいところです。

長い間お付き合いいただきありがとうございました。


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