はじめに

ここのところ季節柄、桜絡みの投稿が続いておりますが、今回は(変化球ということで)当初は昨年の12月ごろ記事にしようと思っていたのですけどなかなか時間がなくて、どう書けば良いのかわからなくなってしまってお蔵入りになりかけたものから記事をまとめていこうと思います。

ということでテーマは大野岳の茶寿階段です。

まずは今回の目的地である大野岳の場所は下の地図を参照にしてください。

実は以前、1度大野岳を訪れたことはあったのですが、その時は思った写真が撮れなかったので今回は再チャレンジしたく、天気も良さそうでしたので行ってみることにしました。

大野岳の駐車場に向かう途中で、冬の頴娃町名物である大根やぐらを見かけることができました。

大根やぐら。
茶畑大根やぐら。冬の頴娃町名物である。

大野岳駐車場より

車を走らせることしばし、大野岳の駐車場に到着するやいなや、絶景が見られます。

大野岳駐車場から見られる絶景。
大野岳駐車場から見られる絶景。

この写真に写っている地理を普通に解説しても良いのですが、敢えて試験問題文風にしたものを以前、Instagramにアップしていたので、ここでも問題文を載せてみます。

問題1

次の文章の各括弧内に当てはまる地名を下から選べ。

この写真中央右寄りにある三角形の山は(A)富士と呼ばれる(B)岳で左手にある湖はカルデラ湖である(C)湖、奥手にある半島は(D)半島で(E)町に相当する。この(D)半島の南端には本土最南端の(F)岬がある。(E)町ならびに当写真の撮影地である南九州市は共に大根の一大産地であり、両地域では12月から1月にかけて大根やぐらが見られる。
また、右手の海の奥手にはうっすらと(X)が見えている。またこの海のあたりは(Y)カルデラと呼ばれる。

A〜Fまでの選択肢


九州 鹿児島 薩摩 大隅  大野 入野 頴娃 藺牟田 鰻 鏡 池田 南九州 南大隅 南さつま 開聞 佐田 佐多 野間 長崎 山川 指宿 大根 大根占 禰寝 根占


Xの選択肢


種子島 屋久島 口永良部島 黒島 竹島 硫黄島 中之島 知林ヶ島 桜島 諏訪之瀬島 宝島

Yの選択肢


池田 阿蘇 機械 喜界 鬼界 阿多 米丸 姶良

解答

「この写真中央右寄りにある三角形の山は薩摩富士と呼ばれる開聞岳で左手にある湖はカルデラ湖である池田湖、奥手にある半島は大隅半島で南大隅町に相当する。この大隅半島の南端には本土最南端である佐多岬がある。南大隅町ならびに当写真の撮影地である南九州市は共に大根の一大産地であり、両地域では12月から1月にかけて大根やぐらが見られる。
また、右手の海の奥手にはうっすらと竹島が見えている。またこの海のあたりには鬼界カルデラと呼ばれる。」

問題2

下の写真中央よりやや右寄りに写っている火山島の名前を下記の選択肢より選べ。
諏訪之瀬島 口永良部島 硫黄島 中之島 黒島

先ほどの写真から少しだけ右に振ったもの。島々が見え始める。
先ほどの写真から少しだけ右に振ったもの。島々が見え始める。

解答

硫黄島(三島村)

です。試験問題はこのくらいにして、茶寿階段を登りたいと思います。

いざ、茶寿階段を登る

登る前に綺麗な紅葉と、椿もしくは山茶花らしきものが咲いていました。

茶寿階段の入り口である大野嶽神社でみられた紅葉。
茶寿階段の入り口である大野嶽神社でみられた紅葉

茶寿階段の始めはここからです。神社にある鳥居と仏閣にある仁王像が混在しているのが不思議でした

大野嶽神社の鳥居と仁王像。茶寿階段の始めにあたる。
大野嶽神社の鳥居と仁王像。

右手にある仁王像の首や腕が切られているのは、明治初期盛んに行われた廃仏毀釈の被害かと思われます。

茶寿階段にて人生を振り返る

人生を振り返る的投稿は(定かではありませんが)当ブログでも昔書いていたような記憶があります。

10代

私も若い(というかすごく幼い)頃は非常にやんちゃ坊主で両親に反抗的な態度をとっていたのですが、(身体が弱かったせいもあり)いつの間にかおとなしくなったというか、人見知りの億劫で大人しくなってしまいました。

そして、1日あたりの時間もたっぷりあって(中学校生活の部活や高校時代の勉強に追われていた時期は除きますが)「何をして過ごそうかな」っていう日々を過ごしていました。

茶寿階段30段目あたりだったと思う。まあまあな厄年でもある。
茶寿階段30段目あたりだったと思う。まあまあな厄年でもある。

20代

ところが、県外の大学を出てみると仕事(就職先)が無い時期と重なってしまい、ちょっとした生活費を稼ぐのもやっとな状態でした。

今でも思い出すのが20代半ばで1日あたりの食事が安い6枚切りの食パン2切れで過ごしていた時期もあったくらいです。

その後、体力の要る販売の仕事をしばらくしていまして、とりあえず安定した収入が入るようになりましたが30手前になった頃、母親の難病(ALS)が発覚し看病などのため地元に戻ることになったのです。

まあ地元に帰らないといけなくなった直接的な引き金となった事件があったのですが、面白いのでついでの機会に書こうかなと思います。

茶寿階段本厄の年のあたり。
本厄の年のあたり。

30代

そして、30歳を越えると若い頃とは違い、体力が落ちつつあるというのを実感しはじめるようになりました。

人生の苦しみを本格的に感じるようになるのは20歳を越えてから、また30歳代では仕事をしながら両親のお世話(というより介護)をした後、両親との死別もありました。

同時に自分の生活も維持していかなければならないという二進も三進も行かない状態もありました。

(当ブログ自体書き始めて今年で丸10年を迎えるので、昔の記事を遡ると苦しい時期の記事も残している可能性がありえます)

一方で、これまでに出会うことのなかった人々や新たな友人たちとの出逢いもあってなんとか30代を乗り切ったところです。

40代以降、これから

40代に入り、つい先日本厄の3年間をなんとか乗り切ることができました。

とはいえ、私の身内に45歳くらいで病気のため亡くなってしまった例が何件かあるので、身体には気を付けなかれなばならないと思うところです。(45歳くらいで八方塞がりにぶち当たるはず)

年々時は経つのを早く感じてしまい、そろそろ残りの人生についても考え出した方がいいのかなともついつい考えてしまいます。

茶寿階段を登り切る

108段ある茶寿階段を登り切ったところが大野岳の山頂(標高466m)となります。

108段ある茶寿階段を登り切ったところに見える山頂の標識。
108段ある茶寿階段を登り切ったところに見える山頂の標識。
茶寿階段を振り返ってみた。人生を振り返るのと似ていた。
茶寿階段を振り返ってみた。人生を振り返るのと似ていた。

茶寿階段を登り切ったところから後ろを振り返ってみると、これまで過ごした人生が走馬灯のように感じられますが、実際に見えたのは池田湖湖畔でした。

ちなみに人生でいう茶寿は数え年の108歳ですが、何歳まで生きていけることやら。

展望台2ヶ所からの眺めをはじめ、大野岳から見えた景色に関する別テーマの記事についても今後書いていく予定です。

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1 Comment

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