これまで当ブログでは指宿枕崎線の駅や沿線にある名所について触れてきしたが、今回は始発駅の鹿児島中央駅から終着駅の枕崎駅まで乗り通した車窓の記録になります。

ぼちぼち更新していきますので、お時間がありましたらご覧になってください。

写真はインスタでも更新しております。

YouTubeも更新しています。

まずは鹿児島中央駅のホームから。

3番乗り場に停車中の列車は日豊本線国分駅→鹿児島中央駅の6753D。
その奥、4番乗り場には「指宿のたまて箱」1号指宿行きが停車しています。
指宿のたまて箱号の出発を見送った後、2番乗り場から10:02発の鹿児島中央発枕崎行き1333Dに乗車しました。

鹿児島中央駅を出発した列車は鹿児島車両センターを横目に郡元駅、南鹿児島駅と進みます。
南鹿児島駅手前から宇宿駅にかけ鹿児島市電の線路が並走するように敷かれています。

下の画像でタイミングが合えば走行している市電と桜島の頂上を同時に収めることができそうです。

このあたりでは鹿児島市電と指宿枕崎線の踏切を供用して使っています。
タイミング合えば、列車から市電を見ることも十分にできるみたいですね。
なお、私が乗車した1333D列車は旅行者や地元の方々で立ち客が出るほど乗客がいました。
(2両編成で計100名くらいでしょうか)

宇宿駅を過ぎると列車は市電の線路から少し離れます。
谷山電停付近から高架区間に入り、列車の揺れはほとんどなくなります。
今回は乗客が多くて撮らなかったのですが、谷山駅に入線する際列車の後方から桜島が良く見えます。

谷山駅→慈眼寺駅間も引き続き高架区間となり、慈眼寺駅を過ぎると高架は終わり、坂を登って行きます。
写真は坂を登る途中の1コマです。
これまで住宅地の中を走っていましたが、少しだけ緑の中を走り抜けます。

昔、同区間で以前乗車した時よりも草木が伸びているようで、シャッターチャンスが減ってきたような感覚があります。

なお、同区間において動画でも記録に残したのですが(どこかで取り上げようかなぁ)キハ47とキハ200だと登坂性能が違ってて、キハ47の方が車窓撮りやすかったですね。


すなわち、キハ47はキハ200に比べて速度が遅いようです。

【参考】キハ200-565編成慈眼寺駅から坂之上駅間の車窓です。

画像はないのですが、動画では記録していました。

列車は主に住宅街と国道沿いを走ります。

途中影原の交差点(仏像が見えて陸橋を潜ったところ)国道は225号線から226号線へと変わります。

見える大きな仏像は谷山大観音と呼ばれているようです。

それと動画の音をよく聞くとわかるのですが、坂之上駅出発時点ではレールのジョイント音がほとんど聞こえてこないのに対し、途中から音がよく聞こえるようになってきます。

ロングレールから普通の短尺レール区間へと変化し、列車の揺れも変わります。

坂之上駅〜五位野駅の住宅街と丘を超えればトンネルと坂を下って海沿いに出ます。

動画もありますので、ご覧になってください。

住宅はほとんどなく、国道226号を並走し時折飲食店がある区間になります。
国道より山手を走るので車窓を妨げるようなものはあまり無さそうですね。

(時たま鉄道の通信ケーブルや電柱が視界に入りますがしょうがない。)

動画になります。

次の瀬々串駅から鹿児島市でも旧喜入町の区域に入ります。

車窓には桜島が見えますが、
慈眼寺駅→坂之上駅間で見えた桜島の画角とは異なり背後の霧島連山は見えなくなっています。

動画でも、途中五位野駅→平川駅以来のトンネルがあります。

中名駅まではキハ200系でも記録しています。

ENEOS喜入基地の入口が一瞬車窓に見えます。
全景を車窓に収めたいけど、なかなかシャッターチャンスがない。
ここでは日本国内の石油使用量約2週間分に相当する原油735万キロリットルを貯蔵することができるそうです。
現在はタンクにENEOSのロゴが描かれていますが、その昔は日本石油の蝙蝠マークがデカデカと描かれており子供心に怖かった思い出もありました。

動画でも。

中名駅を過ぎると、一旦海沿いから離れたところを走行します。


喜入駅も少し海沿いから離れた住宅地にあり、駅を過ぎた列車は住宅地の中を少し走ると、車窓に緑が見えてきます。
海岸から離れても桜島はまだ見えているようです。
ちょっと表現しづらいのですが、鹿児島湾はカルデラ地形と言われており喜入駅周辺では画像に写っている八幡川の下流域以外切り立った崖が迫っています。
そのため、列車はこの先崖を抜けるためトンネルに入ります。

動画にも記録しています。


車窓に見える桜島。背後には霧島連山も姿を現します。
なお、この区間では本年の6月20日、線状降水帯の発生により土砂流入があったため速度制限25km/hがかかっております。
そのため、すべての列車はゆっくりと走ります。
なお、画像左手には先日触れたENEOS喜入基地も見えています。

前之浜駅付近で集落内を抜けた後、車窓は再び海と桜島、大隅半島が見え、アングルによっては海の上を走っているようにも感じられます。
長きにわたって車窓に見える桜島、そろそろ見納めになります。

動画になります。

途中、天然記念物であるメヒルギ群落の北限地や生見海水浴場の姿があります。

生見駅を過ぎると列車は指宿市に入ります。

知林ヶ島は、鹿児島県指宿市西方にある島で、干潮時に陸地と砂州でつながる陸繋島(トンボロ)です。
夏場の干潮時には島まで渡ることができます。

車窓奥から大隅半島の南大隅町、知林ヶ島、岩本漁港、鹿児島県水産技術開発センター、今和泉島津家屋敷跡いわゆる篤姫ゆかりの地が見えてきます。

動画もご覧ください。

喜入駅と指宿駅の中間にあたり、近くには指宿商業高校や今和泉島津家の別邸跡があります。
2008年、天璋院篤姫をテーマにした大河ドラマ「篤姫」が放送された際、車内でも篤姫のことが放送案内されていました。(現在は無し)
余談ですが、私が就職先の福岡から地元である鹿児島に戻ったきっかけのひとつでした。

ここで今回乗車した車両の車内の様子を少々。

鹿児島中央駅で乗車した際は、立ち客も多くて車窓の動画を撮影するのも躊躇しました。

慈眼寺駅を過ぎたくらいから立ち客はいるものの、身動きが取れないほどではなくなりました。

上の写真は薩摩今和泉駅停車中に撮ったのですが、指宿駅ぐらいまでは座席埋まっていて、立ち客もある状態でした。

車両キハ47 8072については山川駅のところで触れようと思います。

まもなく宮ケ浜駅
車窓には海と古い防波堤がみえてきます。
車窓に見える防波堤は宮ケ浜港防波堤と言われ、天保4年第27代薩摩藩藩主島津斉興のころに建設されました。
宮ヶ浜防波堤のブログはこちら。


防波堤が作られた理由は「宮ヶ浜の海は遠浅で船を安全に停泊させるところがなく台風で船が転覆する恐れがあった」だったからだそうです。

宮ヶ浜駅に着くと車窓から「ようこそ!長渕剛ゆかりの地宮ヶ浜へ」の横断幕が掲げられているのが見えます。

2006年、指宿市が合併し誕生した際に長渕剛アニキが散文詩を贈ったそうです。

実際、「鶴になった父ちゃん」という歌では宮ケ浜の名前が出てきます。

別日撮影した石碑になります。

宮ヶ浜駅を過ぎると列車は海沿いから離れ、内陸を走るようになります。

車窓には指宿のダイヤモンドヘッドと呼ばれる魚見岳が見えてきます。

その昔、漁師たちが山の頂上から魚の影を確かめたといわれています。

春になると桜の名所でもあり、車で頂上まで登ることもできます。

なお、南東側は断崖絶壁となっており、溶岩や火砕岩が露出しています。

そのため、花と列車の写真が撮れる人気スポットとなっております。

薩摩今和泉駅から指宿駅までの動画になります。

87.8kmの長い鹿児島中央駅から枕崎駅までの旅、ようやく指宿枕崎線の中間地点を過ぎたところに入ります。

先ほども触れたとおり画像はないのですが、二月田駅付近から指宿駅を過ぎてしばらくの間、列車は内陸を走ります。

その後、山川駅近く山川湾の入り口あたりから少しの間、海沿いを走ります。

上の写真は国道269号線とクロスしたあたりになります。

画像の中央からやや右寄りのところに山川駅があります。

駅までは山川湾の海と急な崖の間を走ります。

また、画像やや左よりに山川造船鉄工所もみえてきます。

山川港や「指宿鰹節」ブランドのかつお節工場があります

山川入船町、山川新生町、山川朝日町、山川山下町、山川新栄町といった住宅地や工場がある地域になります。

佐多岬はまだまだ南にあるので見えないようです。

まあ、佐多岬の画像はあるのでどこかで記事にする予定です。

指宿駅から山川駅までの動画です。

後日記事にしようと思いますが、山川駅は指宿枕崎線でも主要駅となります。

指宿駅での長時間停車はなかったのに代わって、停車時間はここで列車は小休止するようです。

4分ほど停車しました。

乗務員さんの交代が行われるのでしょう。

薩摩今和泉駅のところでも車内の様子をあげたのですが、山川駅で少々停車時間があったので、車内の様子をみてみることにしました。

元々はキハ47 72として1979年に富士重工で製造、直方気動車区に新製配置されました。

1988年に冷房化改造、2007年に機関置換により8072へと改番。

2019年より鹿児島車両センターへ転属。

大まかなとしてはこんな感じです。

香椎線の運用で長くついていたのもあって、窓割りに比べてボックス席やロングシートの座席が少なくなっています。

座席撤去車といえば813系200番台の転換クロスシートを一部撤去して座れないとういクレームが多発しましたが、国鉄車でもキハ47では車番によって座席が少ないのがいるので、座れるかどうかという点では当たり外れがあるかなああと思います。

同様に717系電車でも200番台の後期車(205-207編成)、901編成も座席少なかったですね。

それと、元々北部九州にいたのもあって、座席のモケットの色が青の市松模様になっているのも本車両の特徴です。

鹿児島車両センター所属や改造を受けた車両の座席は茶色の市松模様になっています。

後でキハ47 8077の車内を載せる予定なので、参考にしてみてください。

網棚と冷房装置、補完するように扇風機が残されています。

元々は非冷房車でした。

運転席の様子です。

高運転台のパロラミックウインドウとなっています。

助手席の座席は残っているようです。

このため、2段上昇窓にも関わらずここの部分の窓は固定されています。

それと、ワンマン化改造時にここの区画にあったロングシートの座席も撤去されました。

土曜日の1333D、なんだかんだ言って枕崎まで乗り通す方々多そうですね。

ボックスはまだ埋まっている感じでした。

ここから先、枕崎方面に向かう列車は1日7本、そのうち1本は途中の西頴娃駅までとなり、列車の本数は激減します。

旅館の建物の先に山川港があります。

この先、1060mの長さがある山川トンネルに入り、列車は進行方向を西〜南西に変えて走ります。

竹山の近くに「たまて箱温泉」や山川製塩工場跡があります。

しばらく畑の中を走ると右、左と列車はカーブし大山駅に到着します。

なお、進行方向右手(山側)に住宅地があります。

大山駅付近の様子は下に載せた動画の方でご覧ください。

列車は少し南に進んんだ後、西へ進みます。

ここから先の区間は徐々に開聞岳と接近してきます。

そのため、だんだんと大きく見えることがわかります。

※山川駅→西大山駅の区間について動画でも記録しています。

写真では記録できなかったのですが、フェリーなんきゅうが入港する様子が写っていました。

列車はJR最南端の駅、西大山駅に到着します。

昼間の一部列車は当駅で2分停車するので、停車中に外に出て列車を撮影する時間はありそうです。

ただし、ホームには多くの観光客がいるので乗り遅れないように気をつけましょう。

今回は駅のホームからでは撮れないアングルを狙ってみました。

後面展望を撮りたかったのですが、キハ47は貫通扉付近からじゃないと見れなさそうですね。

西大山駅を過ぎると列車は西北西に向きを変えて進みます。

薩摩川尻駅は西大山駅に次いでJRで南にある駅となります。

ちょうど車窓に開聞岳が見えるアングルとなってきました。

マンゴーの直売所があるようです。

当駅近くで開聞岳と列車の写真を撮ることができます。

だんだん開聞岳に近づくのですが、

ただし、東開聞駅に近づくと山頂だけが見えて、山の残りの部分は隠れてしまいます。

開聞岳に近過ぎて入りきらないないだろうと思って写真では撮っていないのですが、どうやら車窓からですと入り切るスポットがあるようです。

近日中に動画あげる予定です。

開聞駅を過ぎると開聞岳から離れて行きます。

途中、列車は一旦南下した後北西方向へ急カーブして進みます。

写真は撮っていない代わりに、動画を確認したら曲がる直前あたりの一瞬ですが、開聞岳を大きく見ることができそうです。

その後、少し高台を走行するため所々で東シナ海が見えるようになります。

列車からは開聞岳の下半分が見えています。

入野駅付近から列車の後方に開聞岳を見ることができるのですが、走行中よく揺れる列車内から頂上を見るのは難しいかもしれません。

と同時に海も見えるので海を見ようか開聞岳を見ようか迷ってしましまいます。

また、側面からはみていないのですが、入野駅付近では海や国道226号から高いところを走行しているので、車窓から海を見ることができるのではないでしょうか。

瀬平公園付近は海に沿って切り立った崖になっていて列車の通り道がないので、トンネルの中に入ります。

トンネルに入る前後、少し高いところから海と集落が見えます。

うっすらではありますが、三島村の黒島も見えているようです。

少しカメラを左に振ってみました。(進行方向に対して左にカーブしていたかもしれません)

画像に見えている橋の左手及び右手に展望スペースがあります。

瀬平公園を過ぎると列車は頴娃駅に到着します。

動画はこんな感じです。

最初は開聞岳を見るため後面展望になっていますが、市境付近から海側が見えるように移動しています。

頴娃駅を発車してまもなく、コスモスで有名な集川橋梁にさしかかります。

今回、2024年の11月初旬に乗車したの理由は、一度は集川橋梁を走る列車上からコスモス畑を見たらどのように見えるのか撮れるのか試したかったからです。

ちょうどコスモスが見頃を迎えており、多くの撮影者で賑わっていました。

イメージ的に下に書いた記事のような写真が撮れます。

12:16分到着しました。

当駅は山川駅〜枕崎駅間における唯一の列車交換可能な駅となっており、旧頴娃町の中心地にあたります。

私が乗車した列車での列車交換はありませんでした。

なお1333Dの場合、この列車の間にBIGEYE検測等臨時列車の入線がある際は上り列車との行き違いがあるはずです。

西頴娃駅を過ぎると畑地の中を進み、進行方向左手後ろに開聞岳も拝むことができます。

この辺りの線路沿いには椰子の木が植えられているイメージがありますね。

動画や写真には記録できなかったのですが、国道226号と立体交差する手前で薩摩酒造頴娃蒸溜所の工場(山側の車窓)があります。

御領駅の近くになると住宅地が見えてきます。

頴娃駅から御領駅までの車窓、動画になります。

発車すると御領トンネルを通過し、山側の車窓は緑一色になります。

途中から海側に席を移動しました。

海側の景色も緑に覆われていますが、石垣駅に近づくと列車から見下ろす形で街並みが見えてきます。

石垣地区は映画「男はつらいよ 寅次郎真実一路」のロケ地でもあります。

この眺めも指宿枕崎線の中で個人的に好きな場面のひとつになります。

石垣駅では数人の方が下車していきました。

国道226号より標高がやや高めの場所のところを走るようです。

石垣駅を発車してすぐに列車の進行方向左手に開聞岳が見えるスポットがあります。

線路沿いに生えている草木の葉っぱが当たっているようです。

まもなく水成川駅に着きます。

水成川駅かから頴娃大川駅間の車窓は頴娃大川駅付近を除きほぼ緑一色となります。

石垣駅から頴娃大川駅までの車窓の動画です。

この区間で旧頴娃町から旧知覧町の区間に入ります。

側面展望はほぼ緑一色になるので、後面の眺めに注目しました。

加治佐川にかかる鉄橋を越えたところに相当します。

この区間は南国感を感じることができます。

指宿枕崎線の山川〜枕崎間の最高運転速度は時速45kmとなっています。

それでも私が乗車した当時、よく揺れると言われる指宿枕崎線の中でも頴娃大川〜松ヶ浦〜薩摩塩屋のあたりはものすごく揺れていました。動画でもあるので参考にしてください。

貫通扉の窓から開聞岳が見えればまもなく松ヶ浦駅に到着です。

松ヶ浦駅付近の跨線橋からは駅のホームと遠景に開聞岳が見えるのも注目です。

この区間も緑の中を駆け抜ける感じになるので、後面展望を記録しています。

開聞岳の姿が見えなくなってきました。

相変わらず列車は左右に大きく揺れています。

列車内から見てみると違った雰囲気になります。
列車内から見てみると違った雰囲気になります。
列車内から薩摩塩屋駅の駅名標。

沿線に住宅はあるものの車窓には緑が写り続けています

薩摩塩屋駅を過ぎるといよいよクライマックスでである枕崎市に入ります。

松ヶ浦駅から白沢駅にかけての動画になります。

白沢駅に近づくと住宅地が見えてきます。

この区間は海岸線より高度が高い位置を走るので遠景で海が見える感じです。

奥には三島村の硫黄島の姿があります。

この辺りで一箇所思ったより列車の総度が速くて撮れなかったものがあるので、帰りの列車で再チャレンジしようと思います。

この後車窓は再び緑一色の風景になりますが(この付近も緑のトンネルの可能性があります)、薩摩板敷駅の近くになると家や学校の校舎(鹿児島水産高校)が見えてきます。

薩摩板敷駅を発車するとしばらく緑の中を駆け抜けた後長いトンネルを抜け枕崎市街地に入ります。

住宅地を少し走ると12:56、終点の枕崎駅に到着です。

約3時間近くの長旅でした。

この列車は折り返し13:27発指宿行き5326Dとなります。

枕崎駅近くの路地にて、道路の向こうには漁港の施設、さらには立神岩の姿が見えます。
枕崎駅近くの路地にて、道路の向こうには漁港の施設、さらには立神岩の姿が見えます。

白沢駅から枕崎駅までの動画です。

ちょうどお昼時でしたので、駅前にある「一福」さんで名物であるかつお定食をいただきました。

さすが本場のかつお料理はとてもおいしかったです。

次回訪れた際は腹皮も食べてみたいですね。

今回は列車発車まで枕崎駅の駅舎など撮影して時間を潰しています。

まあ時間的に枕崎漁港や南溟館、明治蔵などを回ることはできそうですが。。。

枕崎駅の駅舎等駅についての記事についてはあらためて書く予定です。

午後になると列車正面は駅舎の影になってしまいますね。

帰りの列車は15:58枕崎発鹿児島中央行きの1348Dになります。

この日はキハ47 8077と9077のペアでした。

下り列車では動画メインで撮影をしたのですが、帰りの列車では指宿駅までの景色が良さそうな場所の写真を残すことにしました。

1979年3月にキハ47 77として直方に新製配置されました。その後鹿児島と大分を行ったり来たりし途中で機関強化改造によりキハ47 5077の時代もありました。

その後現在の番号であるキハ47 8077へ再改番されています。

詳しくは別記事で取り上げる予定です。

キハ40 8077のプレート。
キハ47 8077のプレート。
キハ47 8077の車内。
キハ47 8077の車内。

キハ47 8072と同様ドア間の4人掛けボックス席が原型車よりも4区画分減らされています。

香椎線用と同じように立席スペースを増やした改造となりますね。

また、戸袋窓付近にはロングシートが設置されていました。

なお、トイレ無しのキハ47 9077の方はボックスの数が減らされていなかったはずです。

列車は西日を浴びながら東へ向かいます。

この後すぐに岩戸トンネルに入ります。

行きの下り列車では気づかなかったのですが、枕崎市の区間でも車窓で開聞岳が見える場所があるようです。

(白沢地区で列車と開聞岳が同時に見えるスポットはあります。)

右奥にはうっすらと硫黄島の姿も見えます。

外ノ口平第2踏切を通過します。

下り列車の車窓で撮り逃したカットでした。

緑になっている部分で夏場ひまわりを見ることができるようです。

またこの場所でアングルを変えると開聞岳と列車の写真が撮れます。

白沢駅を過ぎるとしばらくの間、海は見えなくなります。

指宿枕崎線、指宿駅〜枕崎駅間の駅で使われているオリジナルデザインのものが使用されています。

以前から水成川橋梁のあたりは地上より高いところを走っているイメージがありましたので、実際に走っている列車からの眺めはどうなのかなあと思い記録してみました。

近場に番所鼻自然公園があるので開聞岳がよく見える場所であるのは予想できたのですが、列車からは水成川地区の街並み、中央の奥に海、左奥に開聞岳という構図になりそうです。

下り列車ではよく見えなかった(次に登場する写真のように石垣駅発車直後に見えます)のですが、上り列車の方が撮りやすそうです。

往路の下り列車でも石垣地区の街並みはいい感じだなあと思っていたので、帰りの上り列車でも記録することにしました。

石垣駅に到着する直前の様子から。

ここでも開聞岳と街並み、東シナ海のフレームが記録できます。

こう見ると昔は駅舎があったような雰囲気がありますが、開業当初から駅舎の設置はなかったようです。

2020年撮影時より汚れが目立って入る感じでした。

昼間とは違った景色でした。

列車の窓を開けることができたので窓ガラスの汚れを気にせず撮れています。

画像に写っている石垣川の河口付近に戸柱公園があります。

下り列車の画像をみると硫黄島の姿がありましたが撮影する角度によって見えたり見えなかったりするのでしょうね。

まもなく枕崎駅→指宿駅の中間に差し掛かります。

撮影日の天候は非常に穏やかでした。

1分差で海側(南側)の車窓には開聞岳も見えてきます。

当駅で列車交換が可能なのですが、対向列車の設定は無しです。

こうしてみると橋の長さはそこまで長くないように見えます。

それと、線路の状態がヘロヘロだということもわかりますね。

手前に棚田もしくは段々畑、奥には海が見えます。

夕方近くになるので思いっきり逆光線になってしまいます。

今回指宿枕崎線で通し乗車をしたかった目的の画像となります。

毎年10月後半から11月初旬にかけて集川橋梁の近くでコスモスが満開を迎えます。

例年ですと鉄橋を走行する列車とコスモスを撮るのですが、今回はあえて列車内からコスモス畑、それに列車を撮影する人たちを記録しております。

窓を開けなかったのと太陽光が強かったのもあって窓ガラスに拙者の影が写ってしまっています(笑)

瀬平公園付近では窓を開けた方が綺麗な画像撮れていたかもしれませんね。

ただし、トンネルが連続するのであまり窓は開けたくないのですが。。。

トンネルの区間を抜けたので再び窓を開けてみます。

開聞岳が間近に見えます。

開聞岳の頂上に全く雲がかかっていませんでした。

話はそれますが、同じようなフレームで桜島と415系(現在は廃車済み)でも撮ってみたかったです。

なお、日当たり的には逆光となります。

行きの時間帯に比べたら少なかったのですが、それでも観光客はいたようです。

川尻海岸のあたりでしょうか。

この辺りの跨線橋や地上で列車を撮影する方が多いようです。

ちょうど「フェリーなんきゅう」が入港するタイミングと重なりました。

下り1333D列車でも見かけることができます。

17:19。定刻通りに指宿駅に到着しました。

なお、この時間は一瞬ですがちょうど指宿駅の1-3番乗り場全てにキハ47が勢揃いします。

1番乗り場には枕崎行き1347D。

2番乗り場には山川行き5325D。この車両は午前中1333Dで枕崎まで乗ったもので5326Dで指宿まで先行した列車です。

3番乗り場には鹿児島中央行き1348D。

いずれもキハ47の定期運用です。

指宿駅についても画像がある程度揃っているので記事にしていきたいなと思っております。

夜ご飯のために指宿駅の近くにあるラーメン店を訪れました。

コクがあってすごく美味しかったです。

お腹いっぱいになったところで最後の列車に乗車します。

ラストの乗車はキハ200系になります。

指宿→鹿児島中央については日没後のため車窓はありませんが、キハ200のエンジン音がわかるよう車内の画像と動画は記録していました。

今回最後に乗車したのはキハ200-556編成でした。

キハ200の系列でも直方(赤)→長崎(青)→鹿児島(黄)と渡り歩いた編成で、キハ200系で赤、青、黄全ての色をまとったことのある唯一の編成でもあります。

また、製造時は喫煙もできたようで喫煙と禁煙の切り替えプレートも残されています。

乗務員室との仕切り扉は残されたままです。

運転席はガラスの反射があるため撮りづらくなっています。

キハ200系につきましてはこちらの記事でも取り扱っておりますのでお立ち寄りください。

キハ200のエンジン音が好きなので車窓というよりは音メインで記録してしました。

(近日中にアップする予定です)

下り1333D列車、慈眼寺駅から山川駅までの動画になります。

こちらは山川駅から枕崎駅までです。

慈眼寺駅から枕崎駅までの通し映像になります。

今回はこういったところになります。

長い時間にわたりお付き合いありがとうございました。


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