これまで当ブログでは指宿枕崎線の駅や沿線にある名所について触れてきしたが、今回は始発駅の鹿児島中央駅から終着駅の枕崎駅まで乗り通した車窓の記録になります。

ぼちぼち更新していきますので、お時間がありましたらご覧になってください。

写真はインスタでも更新しております

YouTubeも更新しています。

まずは鹿児島中央駅のホームから。

鹿児島中央駅に停車中のキハ47(3・4番乗り場)
鹿児島中央駅に停車中のキハ47(3・4番乗り場)

画像の3番乗り場に停車中の列車は日豊本線国分駅→鹿児島中央駅の6753D。
その奥、4番乗り場には「指宿のたまて箱」1号指宿行きが停車しています。
指宿のたまて箱号の出発を見送った後、2番乗り場から10:02発の鹿児島中央発枕崎行き1333Dに乗車しました。

鹿児島中央駅を出発した列車は鹿児島車両センターを横目に郡元駅南鹿児島駅と進みます。
南鹿児島駅手前から宇宿駅にかけ鹿児島市電の線路が並走するように敷かれています。

南鹿児島駅を過ぎたあたりの車窓、ビル群の谷間から桜島が顔を出しています。
南鹿児島駅を過ぎたあたり、ビル群の谷間から桜島が顔を出しています。
鹿児島市電の二軒茶屋電停付近にて。
鹿児島市電の二軒茶屋電停付近にて。

このあたりでは鹿児島市電と指宿枕崎線の踏切を供用して使っています。
タイミング合えば、列車から市電を見ることも十分にできるみたいですね。
なお、私が乗車した1333D列車は旅行者や地元の方々で立ち客が出るほど乗客がいました。
(2両編成で計100名くらいでしょうか)

宇宿駅を過ぎると列車は市電の線路から少し離れます。
谷山電停付近から高架区間に入り、列車の揺れはほとんどなくなります。
今回は乗客が多くて撮らなかったのですが、谷山駅に入線する際列車の後方から桜島が良く見えます。

谷山駅→慈眼寺駅間も引き続き高架区間となり、慈眼寺駅を過ぎると高架は終わり、坂を登って行きます。
写真は坂を登る途中の1コマです。
これまで住宅地の中を走っていましたが、少しだけ緑の中を走り抜けます。

車窓では緑の中から住宅地と桜島が見える。
緑の中から住宅地と桜島が見える。
列車の車窓は坂を登ると谷山市街地と桜島、さらには霧島連山も見えます。
列車は坂を登ると谷山市街地と桜島、さらには霧島連山も見えます。

昔、同区間で以前乗車した時よりも草木が伸びているようで、シャッターチャンスが減ってきたような感覚があります。

2024年撮影。
2024年撮影。
こちらは2017年撮影。
こちらは2017年撮影。

なお、同区間において動画でも記録に残したのですが(どこかで取り上げようかなぁ)キハ47とキハ200だと登坂性能が違ってて、キハ47の方が車窓撮りやすかったですね。


すなわち、キハ47はキハ200に比べて速度が遅いようです。

【参考】キハ200-565編成慈眼寺駅から坂之上駅間の車窓です。

画像はないのですが、動画では記録していました。

列車は主に住宅街と国道沿いを走ります。

途中影原の交差点(仏像が見えて陸橋を潜ったところ)国道は225号線から226号線へと変わります。

見える大きな仏像は谷山大観音と呼ばれているようです。

それと動画の音をよく聞くとわかるのですが、坂之上駅出発時点ではレールのジョイント音がほとんど聞こえてこないのに対し、途中から音がよく聞こえるようになってきます。

ロングレールから普通の短尺レール区間へと変化し、列車の揺れも変わります。

坂之上駅〜五位野駅の住宅街と丘を超えればトンネルと坂を下って海沿いに出ます。

車窓には国道236号線とヨットハーバーを眺めながら列車は進みます。
国道236号線とヨットハーバーを眺めながら列車は進みます。

動画もありますので、ご覧になってください。

平川駅を過ぎると、定番のそば茶屋撮影スポットを抜け海沿いを走る。
平川駅を過ぎると、定番のそば茶屋撮影スポットを抜け海沿いを走ります。
そば茶屋にある水車も見える。
そば茶屋にある水車も見える。

住宅はほとんどなく、国道226号を並走し時折飲食店がある区間になります。
国道より山手を走るので車窓を妨げるようなものはあまり無さそうですね。

鹿児島湾と桜島、大隅半島、停泊中の貨物船が見えます。
鹿児島湾と桜島、大隅半島、停泊中の貨物船が見えます。
車窓は進行方向前方左手に石油基地が見え始める。
車窓進行方向前方左手に石油基地が見え始めます。

(時たま鉄道の通信ケーブルや電柱が視界に入りますがしょうがない。)

動画になります。

次の瀬々串駅から鹿児島市でも旧喜入町の区域に入ります。

瀬々串駅周辺の集落を過ぎると列車は再び海沿いを走ります。
瀬々串駅周辺の集落を過ぎると列車は再び海沿いを走ります。

車窓には桜島が見えますが、
慈眼寺駅→坂之上駅間で見えた桜島の画角とは異なり背後の霧島連山は見えなくなっています。

車窓にの桜島も左手に見えるのは霧島連山から鹿児島市街地や吉野台地に変わります。
車窓にの桜島も左手に見えるのは霧島連山から鹿児島市街地や吉野台地に変わります。

動画でも、途中五位野駅→平川駅以来のトンネルがあります。

中名駅まではキハ200系でも記録しています。

ENEOS喜入基地の正門。
ENEOS喜入基地の正門。

ENEOS喜入基地の入口が一瞬車窓に見えます。
全景を車窓に収めたいけど、なかなかシャッターチャンスがない。
ここでは日本国内の石油使用量約2週間分に相当する原油735万キロリットルを貯蔵することができるそうです。
現在はタンクにENEOSのロゴが描かれていますが、その昔は日本石油の蝙蝠マークがデカデカと描かれており子供心に怖かった思い出もありました。

動画でも。

中名駅を過ぎると、一旦海沿いから離れたところを走行します。

中名駅を過ぎると列車は少し海沿いから離れて内陸を走ります。
中名駅を過ぎると列車は少し海沿いから離れて内陸を走ります。


喜入駅も少し海沿いから離れた住宅地にあり、駅を過ぎた列車は住宅地の中を少し走ると、車窓に緑が見えてきます。
海岸から離れても桜島はまだ見えているようです。
ちょっと表現しづらいのですが、鹿児島湾はカルデラ地形と言われており喜入駅周辺では画像に写っている八幡川の下流域以外切り立った崖が迫っています。
そのため、列車はこの先崖を抜けるためトンネルに入ります。

崖を抜けるトンネルを過ぎると、車窓に再び海と青空そして桜島が見えきます。
崖を抜けるトンネルを過ぎると、そこには再び海と青空そして桜島が見えきます。

動画にも記録しています。


車窓に見える桜島。背後には霧島連山も姿を現します。
なお、この区間では本年の6月20日、線状降水帯の発生により土砂流入があったため速度制限25km/hがかかっております。
そのため、すべての列車はゆっくりと走ります。
なお、画像左手には先日触れたENEOS喜入基地も見えています。

鹿児島市の区間はまもなく終わります。
鹿児島市の区間はまもなく終わります。

前之浜駅付近で集落内を抜けた後、車窓は再び海と桜島、大隅半島が見え、アングルによっては海の上を走っているようにも感じられます。
長きにわたって車窓に見える桜島、そろそろ見納めになります。

動画になります。

途中、天然記念物であるメヒルギ群落の北限地や生見海水浴場の姿があります。

生見駅を過ぎると列車は指宿市に入ります。

車窓に見えてきたのは指宿市の名所、知林ヶ島です。
車窓に見えてきたのは指宿市の名所、知林ヶ島です。

知林ヶ島は、鹿児島県指宿市西方にある島で、干潮時に陸地と砂州でつながる陸繋島(トンボロ)です。
夏場の干潮時には島まで渡ることができます。

列車は国道から少し高いところを走ります。
列車は国道から少し高いところを走ります。

車窓奥から大隅半島の南大隅町、知林ヶ島、岩本漁港、鹿児島県水産技術開発センター、今和泉島津家屋敷跡いわゆる篤姫ゆかりの地が見えてきます。

動画もご覧ください。

篤姫ゆかりの地、薩摩今和泉。
篤姫ゆかりの地、薩摩今和泉。

喜入駅と指宿駅の中間にあたり、近くには指宿商業高校や今和泉島津家の別邸跡があります。
2008年、天璋院篤姫をテーマにした大河ドラマ「篤姫」が放送された際、車内でも篤姫のことが放送案内されていました。(現在は無し)
余談ですが、私が就職先の福岡から地元である鹿児島に戻ったきっかけのひとつでした。

ここで今回乗車した車両の車内の様子を少々。

キハ40 8072車内。(薩摩今和泉駅あたりの混在状況)
キハ40 8072車内。(薩摩今和泉駅あたりの混在状況)

鹿児島中央駅で乗車した際は、立ち客も多くて車窓の動画を撮影するのも躊躇しました。

慈眼寺駅を過ぎたくらいから立ち客はいるものの、身動きが取れないほどではなくなりました。

上の写真は薩摩今和泉駅停車中に撮ったのですが、指宿駅ぐらいまでは座席埋まっていて、立ち客もある状態でした。

車両キハ47 8072については山川駅のところで触れようと思います。

まもなく宮ケ浜駅
車窓には海と古い防波堤がみえてきます。
車窓に見える防波堤は宮ケ浜港防波堤と言われ、天保4年第27代薩摩藩藩主島津斉興のころに建設されました。
宮ヶ浜防波堤のブログはこちら。


防波堤が作られた理由は「宮ヶ浜の海は遠浅で船を安全に停泊させるところがなく台風で船が転覆する恐れがあった」だったからだそうです。

ようこそ!長渕剛ゆかりの地宮ヶ浜へ
ようこそ!長渕剛ゆかりの地宮ヶ浜へ

宮ヶ浜駅に着くと車窓から「ようこそ!長渕剛ゆかりの地宮ヶ浜へ」の横断幕が掲げられているのが見えます。

2006年、指宿市が合併し誕生した際に長渕剛アニキが散文詩を贈ったそうです。

実際、「鶴になった父ちゃん」という歌では宮ケ浜の名前が出てきます。

車窓から桜島と石碑が見えます。
車窓から桜島と石碑が見えます。

別日撮影した石碑になります。

「母ちゃんの海 宮ケ浜」の石碑。
「母ちゃんの海 宮ケ浜」の石碑。
背面には長渕剛さんの姿が彫られています。
背面には長渕剛さんの姿が彫られています。

宮ヶ浜駅を過ぎると列車は海沿いから離れ、内陸を走るようになります。

魚見岳。
魚見岳。

車窓には指宿のダイヤモンドヘッドと呼ばれる魚見岳が見えてきます。

その昔、漁師たちが山の頂上から魚の影を確かめたといわれています。

春になると桜の名所でもあり、車で頂上まで登ることもできます。

なお、南東側は断崖絶壁となっており、溶岩や火砕岩が露出しています。

二月田駅の駅前にはお花畑があり、1月には菜の花が、8月にはひまわりを見ることができます。
二月田駅の駅前にはお花畑があり、1月には菜の花が、8月にはひまわりを見ることができます。

そのため、花と列車の写真が撮れる人気スポットとなっております。

ひまわりとなのはな号(キハ200)
【参考】ひまわりとなのはな号(キハ200)

薩摩今和泉駅から指宿駅までの動画になります。

87.8kmの長い鹿児島中央駅から枕崎駅までの旅、ようやく指宿枕崎線の中間地点を過ぎたところに入ります。

先ほども触れたとおり画像はないのですが、二月田駅付近から指宿駅を過ぎてしばらくの間、列車は内陸を走ります。

その後、山川駅近く山川湾の入り口あたりから少しの間、海沿いを走ります。

山川湾の入り口付近にて。
山川湾の入り口付近にて。

上の写真は国道269号線とクロスしたあたりになります。

山川湾の湾奥になります。
山川湾の湾奥になります。

画像の中央からやや右寄りのところに山川駅があります。

駅までは山川湾の海と急な崖の間を走ります。

また、画像やや左よりに山川造船鉄工所もみえてきます。

山川湾の入り口あたりです。
山川湾の入り口あたりです。

山川港や「指宿鰹節」ブランドのかつお節工場があります

山川入船町、山川新生町、山川朝日町、山川山下町、山川新栄町といった住宅地や工場がある地域になります。

車窓から大隅半島、南大隅町の険しい山々(肝付山地)が見えます。
車窓から大隅半島、南大隅町の険しい山々(肝付山地)が見えます。

佐多岬はまだまだ南にあるので見えないようです。

まあ、佐多岬の画像はあるのでどこかで記事にする予定です。

指宿駅から山川駅までの動画です。

後日記事にしようと思いますが、山川駅は指宿枕崎線でも主要駅となります。

指宿駅での長時間停車はなかったのに代わって、停車時間はここで列車は小休止するようです。

乗務員さんの交代が行われるのでしょう。

薩摩今和泉駅のところでも車内の様子をあげたのですが、山川駅で少々停車時間があったので、車内の様子をみてみることにしました。

元々はキハ47 72として1979年に富士重工で製造、直方気動車区に新製配置されました。

1988年に冷房化改造、2007年に機関置換により8072へと改番。

2019年より鹿児島車両センターへ転属。

大まかなとしてはこんな感じです。

あらためてキハ47 8072車内。
あらためてキハ47 8072車内。

香椎線の運用で長くついていたのもあって、窓割りに比べてボックス席やロングシートの座席が少なくなっています。

座席撤去車といえば813系200番台の転換クロスシートを一部撤去して座れないとういクレームが多発しましたが、国鉄車でもキハ47では車番によって座席が少ないのがいるので、座れるかどうかという点では当たり外れがあるかなああと思います。

同様に717系電車でも200番台の後期車(205-207編成)、901編成も座席少なかったですね。

それと、元々北部九州にいたのもあって、座席のモケットの色が青の市松模様になっているのも本車両の特徴です。

鹿児島車両センター所属や改造を受けた車両の座席は茶色の市松模様になっています。

後でキハ47 8077の車内を載せる予定なので、参考にしてみてください。

天井はこんな感じです。
天井はこんな感じです。

網棚と冷房装置、補完するように扇風機が残されています。

元々は非冷房車でした。

運転席の様子です。

ワンマン改造を受けた際、乗務員室との仕切り扉は撤去されたようです。
ワンマン改造を受けた際、乗務員室との仕切り扉は撤去されたようです。

高運転台のパロラミックウインドウとなっています。

助手席の座席は残っているようです。

2023年までは行き先の表示に車外で昔ながらのサボを使っていたのですが、現在は車内で差し替えを行うタイプに変更されています。
2023年までは行き先の表示に車外で昔ながらのサボを使っていたのですが、現在は車内で差し替えを行うタイプに変更されています。

このため、2段上昇窓にも関わらずここの部分の窓は固定されています。

それと、ワンマン化改造時にここの区画にあったロングシートの座席も撤去されました。

土曜日の1333D、なんだかんだ言って枕崎まで乗り通す方々多そうですね。

ボックスはまだ埋まっている感じでした。

先行して、集川橋梁から撮ったものを載せてみます。

集川橋梁の上からの車窓。
集川橋梁の上から。

ちょうどコスモスが見頃を迎えており、多くの撮影者で賑わっていました。

しばらくお待ちください。

下り1333D列車、慈眼寺駅から山川駅までの動画になります。

今回はこういったところになります。

ありがとうございました。


A GUT FEELING 7TH EDITION since 2012をもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

おすすめ:

コメントを残す

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

A GUT FEELING 7TH EDITION since 2012をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む